「心理学化する社会 なぜ、トラウマと癒しが求められるのか」

斎藤環PHP

臨床現場にいる精神科医が、心理学化に浮かれる社会を斬る評論集。

トラウマと癒しのブーム、精神医学と心理学の違い、広く薄い狂気の拡散、臨床現場からマスコミへと用いられる場を移した精神分析などについてのトピックが興味深い。臨床の経験やサブカルチャーへの造詣が挿入されているため、理路整然とした文章も退屈に感じない。

心理学的知識が一般に広まったことにより、統合失調症患者も病識を持ち、ワイドショーにコメンテイターとして精神科医が登場することになった。私たちは異様な犯罪を「娯楽」として消費しているのではないかと著者は言う。耳の痛い問いかけである。

ただし、忘れてほしくないのは、トラウマの効果は常に予測不可能であること。ある経験がその人にとってトラウマであるか否かは、病気が発症してみたいとわからない。さらに言えば、何がトラウマになっているのかは、本人にもわからない。それは精神分析の営みの中でしか、本来みえてこないものなのだ。

これは、トラウマを声高に語る傾向に関して語っている部分。ぶっきらぼうと言ってもいいほど冷静な語り口が、かえって心地よいのであった。